ボランティアは大変

東日本大震災の時にボランティアを経験しました。

個人の方が自宅の一室を使っての小規模なので、全国からSNSを通じて送られてくる支援物資の荷受け、荷ほどき、種類ごとに分けた後に支援先ごとにまとめて自家用車で届ける・・・そんなことを僅か4~5人でやっていました。

ミルクが無い!水が無い!着る服が無い!ペットフードが無い!・・・などなど、困っている人やペットを何とか助けてあげたいという人達でした。
たまたま私の自宅と勤め先の中間地点が活動拠点だったので、私も暫くの間協力を申し出ました。


そこで経験してわかったことは「ボランティアと言うのは時間や労力、そしてお金(交通費、通信費)を縁もゆかりもない人に無償で提供することで、規模が拡大すればするほど(助ける相手が増えれば増えるほど)、肉体的、精神的に疲れが出てしまうものだ、という事でした。
私がお手伝いしたボランティア団体は、いろんなすれ違いも発生して活動を一事休止し、事実上の自然消滅になりました。



そんな経験から、
(ほんの一時であれば少人数でのボランティアも成り立つのだろうけど、
長期に渡って、不特定多数の人に向けてのボランティアというのは少人数では難しいのでは・・・?)
と思うようになりました。


最近ボランティアと言う言葉を目にするようになり、
震災後のボランティア体験から、老婆心ながら色々な事を思います。

全てが上手く回っている時には充実感でいっぱいですが
労力に対する感謝の言葉だけでは満たされなくなる時も来ます。
ビジネスであれば労力を提供する側、提供される側の価値感を数字で一致させることも出来ますが・・・
数値化せずにカンパという言葉に変えた時、お互いの感覚のズレがわかります。

震災時の小規模ボランティアの様に自然消滅してしまわないことを願うばかりです。



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